mkarinto’s diary

HSPのマイペースな日常を綴っていきます

養護学校での生活

3歳のころから喘息を発症した。

そして、小学2年生の3学期始まり(年明け)から養護学校に入所した。

そこには小学1年生から中学3年生の子供たちがいた。

100名ぐらいだったかな。

喘息患者約3分の2、他腎臓疾患など。

 

8人部屋と2人部屋があり、私は8人部屋の最年少だった。

親と離れての生活に、入院後しばらくは、夜な夜なベッドで泣いていた。

後から入ってきた子たちのすすり泣く声が、夜になると聞こえてきた。

皆、幼い子供だものね。

寂しいに決まってる。

面会は日曜日のみ。

毎週待ち遠しかった。

 

施設では、1日の規則正しいスケジュールが決まっていた。

朝6時15分起床、6時半から7時まで早朝マラソン

グランドを走り続けた。

雨の日は体育館で球技などした。

 

その後、朝食をとり、次に喘息体操。

喘息体操とは、呼吸法を取り入れたもので音楽に合わせてやっていた。

 

その後、敷地内の離れにある学校へ登校。

渡り廊下で繋がっていたので雨の日も傘要らずで楽だったな。

当時のクラスは4,5名だった。

そこで、学級委員を任されていた(笑)

 

お昼になると、一旦病棟へ戻り昼食をとる。

そしてまた午後の授業へ戻った。

 

午後の授業が終わると夕食までは自由時間。

1、2時間くらいあったかな。

その時間の過ごし方で記憶に残っているのは、

テレビのあるホールで、皆でテレビをみていた。

夕方のドラマだった。

 

そして夕食を終えると、今度は乾布摩擦。

女子が集まり輪になって上半身裸になり、

曲に合わせてタオルで体をすりすり。

その曲が、何故かベンチャーズのパイプライン(笑)

当時は曲名などしらなかったが、後で知ってベンチャーズ

ファンになった。

 

こすっていると体が赤くなるのだけど、

鍛えられると赤くなりにくいと言われていた。

その時の印象に残っている光景が、女子の裸。

中学生のお姉さんたちの胸の膨らみに、目のやりばに困った(笑)

 

そのあと、19時台はお勉強タイム。

私たち低学年はあまりやることもなく、土曜だったかな?

19時から日本昔話をテレビでみていた記憶がある。

 

そして20時はフリータイム プラスおやつの時間。

おやつが支給され、それが楽しみだった。

そういえば、本の購読もあり、月間誌などが届く時間でもあった。

私は、「科学と学習」?という本を購読していた。

それと漫画の「はなとゆめ」

友達と回し読みしてたなあ。

 

そして21時消灯。

 

1日の流れはこんな感じ。

でも、喘息以外の病症の子たちは安静第一だったので、

ラソンや体操などはなかったんだよね。

それがうらやましかったな。

 

今振り返って、なんて規則正しい生活をしていたんだろう。

何故か私は入院中、発作が出なくなり、結局1年3か月で退院となった。

長くいる子だと、小学1年から6年までの子もいた。

そんな中で早めの退院となったわけだが、、、

 

完治してはおらず、自宅に戻るとまた発症を繰りかえしていた。

環境が原因。

 

 

 

 

 

さて、最近夜中に起きる癖がついてしまった。

この時間に起きるとおなかがすいて、食べてしまう。

よくないね。

息子にLineで、”気をつけて行っといでね”、と送っている。